いいこと編(全国良寛会長岡大会)2008-06-07 Sat 20:36
今日は長岡市立劇場で「全国良寛会長岡大会」というのがありました。 ヒロカツも行ってきました。 良寛は越後の産んだ賢人の一人で、ヒロカツも尊敬してる方です。 今年で生誕250年に当たるのだそうです。 それにちなみ、日本全国にある良寛会の総会とアトラクションが長岡で開かれた訳です。 ヒロカツ個人としても、今回の大会には気持ちを寄せるものが二つありました。 一つめは、この大会の開会の挨拶をされた先生が、なんとヒロカツの学生時代の恩師だったんですね・・・・80歳を超えておられます。(OH!) 池田光知先生といい、ヒロカツは熱力学を学びました。 先生の定年退官の年とヒロカツの卒業の年が重なり、最後の講義は熱力学を離れたものになりました。 特別講義として「良寛と越の千涯(良寛の画家)と池田先生の係わり」という内容でした。 目に涙の特別講義だったことを思い起こします♪ ヒロカツは感動の勢いで先生に色紙を書いてもらいました・・・・今も大切にしてます。 それと、ふたつ目はこの大会の総合司会をした方がヒロカツの友達だったりします。 まぶしい光線を出しています・・・・違った、光線が当たっています。(バキッ) アナウンサーだったりします♪ 2人の晴れ姿を見れて、なんか嬉しくなりました。 特別記念講演もありました。 講師は早稲田大学名誉教授の長谷川洋三先生でした。 長谷川先生は良寛ゆかりの地、長岡市和島町の出身です。(OH!) 演題は「良寛禅師の真髄について」というものでした。 良寛の思想と人となりを学術的な考証を交えつつ、親しみを込めて語られたとても有意義な講演でした。 ヒロカツには難解な部分もあり、そこは睡魔によって飛ばしつつ聴講しました。(汗) ときに、良寛は生涯自分の寺を持たず、五合庵という庵に住みました。 従って檀家もなく、収入は托鉢のみでした。 そこが、良寛の覚者(悟り人)たる所以のようです。 良寛の托鉢には、村人は貧しいながらも喜んで喜捨したそうです。 良寛の優しさのエピソードのひとつです。 当時、子供が大勢亡くなる流行病が蔓延した年がありました。 それだけでも、良寛はこころを痛めました。 さらに悪いことに、時期が農繁期に当たり、親が子供の看病が出来なかったのです。 当時は全ての農作業が人力で、そのために子供を大勢作った時代です。 良寛は毎日、あちこちの病気で寝ている子供の家に行き、励まし、また看病をしたのだそうです。 村人も子供達も良寛が来るのを心待ちにしていたそうです・・・・。 さすがだあ!!ホントさすがだあ!!!! さて、こんなアトラクションもありました。 良寛研究家の相馬御風(新潟県糸魚川市出身・・・・早稲田大学の校歌も作った人)が書いた子供向けの良寛の本を歌と朗読で楽しく披露しました。 聞いてたヒロカツはほのぼのモードでした。 今日も一日充実してたなあ♪ 今日も最後までお付き合いありがとうございました。 コメント大歓迎です。 (今日の体重67.8Kg、英語耳「t」 |
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